『チーム・ズンチャカ!』3年目を終えて個人的に振り返ってみた ー 何も変わってないけど、何か変わった


気が付いたら関わり始めて3年目になっていた、渋谷ズンチャカ!2021。
会社員であれば、3年目はやっとここからというところかなという感じがするが、さて、ズ!においてはどうだっただろう。

なんかもやもやすんなぁっていうルーキーな面々がいたら、昨年キャプテンやって今年もいろいろやってた3年目でも、やっぱりもやもやしてんのよっていう話をお届けできればいいなぁと思っていたりなどする。届くかどうかは別問題である。

なお、万が一関係各位、こちらを読む機会があり、問題のある記述を発見されましたら、どうぞご一報いただければ幸いです。そしてこの文章を吐き出した時点で、自分としては完結しているので、なるべくそっとしておいていただけますよう、なにとぞなにとぞ……(意訳: 議論をする気はないです)

昨年は → 『チーム・ズンチャカ!』2年目を終えて個人的に振り返ってみた ー チームか、コミュニティかみたいな話


はじめに

「チーム・ズンチャカ!」を何だと見るかによって、役割が必要か共通点が必要か変わってくる考えは、昨年から変わっていない。それから、自分がそれをチームだと見ていることで、役割を必要としているという話も。昨年は自らを例としながら、割と一般化して書いていたような気がするのだが、他人と話しながら自分に対する認識を一層深めたので、今年はもう少し主語を自分にして書いてみようと思う。

誰も責めちゃいねぇが俺は俺を許せんのだ

自分についてだけ考えてみると、おおよそこれに尽きると思った。
2019年の自分がしんどかったのは、目標未達の営業マンみたいな気分だったから、とは昨年の自分が書いたことだったが、これは本当にうまい表現をしたなと思う。仕事であれば対価として給料をもらうけれど、ボランティアであるチーム・ズンチャカ!においては、インセンティブをどこに感じるのか自分で見極める必要があるし、居心地をよくするのもまた自分の行為でしかない。そういう意味で、自分が自分の価値をアウトプットの量でしか測れず、ここで測るがゆえに目標未達の営業マンになってしまうと居心地が悪いと感じてしまうという、残念な人間であったというだけである(と書いてしまうと、同じような人に刺してしまう可能性があることを、少しだけ危惧してはいるが、そもそもこの手の考え方の面々はそんなにいないとも思っている)。

あえて「残念な」という表現をしたのは、自分に対して前述のような考え方をしておきながら、他方で、関わり方の濃淡を自分で選べるチーム・ズンチャカ!のあり方を好ましいと考えており、他者に対しては、決してアウトプットの量で測ろうと思ったことがないからである。むしろ、アウトプットの量が(比較的)少ないがゆえに居づらくなるという状況を作りたくなくて、本来とは別の課外的な仕事を自分に対して作ってきたという側面さえある。アウトプットしないと、濃く関わらないと、居心地が悪く感じてしまうという思考は、どこまでいっても私が好きなチーム・ズンチャカ!という集団との馴染みが悪すぎる。


とか書くと、考え方が悪いだの変えろだの稀に言われることがあったんですが、相性はありつつも私みたいなやつまで包含してくれるチーム・ズンチャカ!が個人的には好きです。渋谷ズンチャカ!の企画運営という目的のある集団である時点で、私以外にも偏りの差はあれど同じような感じ方をするメンバーも少しは出てくると思うのですが、もしそういう面々が苦しむことがあるのならば、それは自身の考え方によるものだけで十分だと思う。思考に勝手に優劣をつけて押し付けるような真似は、この先チーム・ズンチャカ!歴が長くなっても、歳を重ねても、やらないように気をつけたいですね(あれ、この文章大丈夫かな)。


準備する過程しか、もはや見ていない気がしてきた

特に今年に関しては、渋谷ズンチャカ!当日を届けたい人に届けるためにやれることなら、内向きだろうが外向きだろうが関係なく何でもやる、というモットーを密かに掲げて活動してきた。昨年よりも社会情勢が悪化してしまい、昨年でさえ「まち」の音楽祭というより公園の音楽祭になってしまったのが、今年は渋谷の空の下まで諦めることになり、完全にオンライン配信になってしまった。初めて参加した2019年から、「まち」の音楽祭感を味わえていないので、正直なところ渋谷区民だからチーム・ズンチャカ!に参加しようと思った身としては、「まち」の音楽祭を体感したい気持ちがないわけではない。

ただ、終わってみてどうだったかといえば、昨年とは役割が異なるので同じとは言わないが、今年もやれることをやり切った。届けたい人に届けるためにやれることをやる、というのは下手すれば一方通行のラブレターでしかないんだろうけれど、それでも顔を思い浮かべて一生懸命ラブレターを書いたつもりだ。
配信化されたことで、届く前に行方不明になってしまうかもしれないし、届いてもサクッと捨てられてしまうかもしれないし、そしてもしかしたら、楽器が弾けなくても、歌が歌えなくても、こんな状況で諦めの回数を重ねてきても、音楽は諦めないでいいんだって、たった一人にでも届いて、誰かの心の中に残ったとしたら嬉しいけれど、それさえ分からない。こういうのは視聴者数みたいな分かりやすい数字で測り切れるものでもないのだろう。

来年はラブレターを直接手渡しできたらいいなとは思う。
でも、見えない誰かに届けるためのボトルレターを書いて当日を終えても、私はやれることをやり切ったなと思った。当日どういう形になるかよりも、当日どういう形にしたいのか考えながら準備する過程のほうに重きを置いていたのだと気付いた年だった。
アウトプットの量で自らの存在価値を測るような思考は、チーム・ズンチャカ!という集団とは相性が悪いかもしれないが、きっと今できる最大限を追い求めて、誰かに届けることを諦めない状況ではメンタル的に強かったに違いない。

チーム・ズンチャカ!は「友達」か

某氏が、チーム・ズンチャカ!に参加して変わったことに「友達が増えた」と答えているのを聞いて、気付いてしまった。チーム・ズンチャカ!で友達が増えたという感覚があまりない。何人かは、例えば来年チーム・ズンチャカ!に関わらなかったとしても連絡を取り合うような相手も思い浮かぶが、大半とはFbで繋がっているくらいできっと音信不通になるような気がしている。渋谷ズンチャカ!というおまつりを企画運営するための集まりの中で出会った同志だとは思ってはいても、よくよく思い返してみるとチーム・ズンチャカ!内で起きたことに対して「友人が」という主語を使うことを憚ってきた自分に気付いた。
それはそれでいいんだけど、おともだちが欲しいという気持ちがないこともない(素直じゃない書き方だなこれ)。どうしたらいいんですかね😇w

2019年から2021年にかけて、何か変わりましたか?

2019年の私は、打ち上げのときに誰とも話せずに端っこで一人Twitterをしていた。2020年の私は、キャプテンという役割をとりあえず担ってみた。2021年の私はいろいろやったおかげで何をやったのかあんまり覚えていないが、何かはやっていた。
でも、根っことなる思考は何も変わっていない。目標未達の営業マン的なメンタルでコミュニケーションが取れなかったから、居心地が悪くてしんどかったから、ただ単にアウトプットの量を増やして解決してきた。超ムキムキな考え方だね、怖いね😇w

でも、根っこが変わらずとも、他の人から見て変わったように思われるようなことはできるということでもある。
2019年の自分に対して伝えられることがあるなら、お前はもうチーム思考でしかないので、そして基本的に大半のことは誰でもできる(クオリティーの問題を感じる面々もいるかもしれないが、それよりもみんなの好きを集めて歪な円を作るようなこのおまつりにおいては、熱量のがきっとずっと大事だと信じている)ので、とにかく手を挙げておこう。何をしたらいいか分からなければ何したらいいかとりあえず経験長そうな人捕まえて尋ねてみるのがいいんだろうなぁ。そこにも話しかけにくいのが難しいところで、ここがにわとりたまごなのは経験済みなんだけれども。

来年もチーム・ズンチャカ!として関わるなら、私みたいなのは少数派だろうけれど、2019年の自分みたいなやつに手を差し伸べたくて、というのは忘れないようにしたいと思っている。

余談: ドラムを始めたのは結構な収穫

今年、明確に分かりやすい収穫があるとすればドラムを始めるきっかけになったことだろう。
フィナーレバンドの中にはドラム経験者が2人もいたのに、彼らの前で未経験から1.5ヶ月間の練習期間で当日を迎えたのは、正直に書けばめちゃくちゃ怖かった。本当にあった恐ろしい話である。しかも、当日もミスの数を叩きながら数える羽目になって、渋谷ズンチャカ!2021全体としてはやりきった感があったが、フィナーレのドラムに関してはもやっとしたまま終わってしまった。ただ、録画を見返す機会を得た際に気付いたんだけど、画面越しだとそこまでミスしたことがはっきりしなくて、見終わったあとに大きなため息を一つついたことを思い出す。

チーム・ズンチャカ!でフィナーレのホストバンドのドラムを担った人間としては思うところしかないんだが、個人としてはやってみたいなーと思ってはいたものの手を出す機会がなかったので、いいきっかけをもらったと感じている。それから、そんなわけで未経験からでも引き摺り下ろされることもなく、本番、ドラムを叩かせてくれる土壌に感謝しているし、上手いとか下手とか関係なく楽しもうぜ精神を体現できていたとしたら嬉しい。

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